「生きている間に作りたいものがある。それだけで十分だ。」
— 宮崎 駿、82歳

82歳の老人は、再び鉛筆を握った
スタジオジブリの小さな机の前で、2013年に引退を宣言していた宮崎駿は、毎朝出社していた。腰は曲がり、手は以前ほど自由に動かない。それでも彼は戻ってきた。理由を問われると、彼はこう答えた。
「作りたいものがあるんです」
7年間の撮影を経て2023年に日本で公開されたドキュメンタリー映画——宮崎が歩んできた道、そして仲間たちをひとりずつ見送っていく過程のなかで、自分が生きていることを証明するために歩き続ける、その苦しい創作の過程を静かに映し出した作品だ。
デジタル制作が業界標準となった今、一枚一枚の原画を手で描き続けるその過程が、そのままカメラに収められている。そこに映っていたのは、天才の華やかで颯爽とした創作現場ではなかった。疑い、捨て、疲弊し、それでも再び机に向かわなければならない一人の老人の、執拗なまでの創作の日々だった。
そこに映っていたのは苦しみだった。しかしこの巨匠の苦しみを収めたドキュメンタリーは、AI創作という嵐の目に入ってしまった私たちクリエイターに、多くのことを示唆している。
創作は天才の産物ではない
私たちは長い間、創作についての낭만的な嘘を信じてきた。天才はある日インスピレーションを受け取り、溢れるように作品を完成させ、世界を変える——という物語。しかしドキュメンタリーが映し出した宮崎は、違った。
彼は自分が何を作りたいのかを正確に知らないまま始めた。コンテを描きながら止まり、スタッフに向かって「これじゃないかもしれない」と呟く。ある日は一日中机の前に座り、一コマも完成させることができなかった。数十年のキャリアを持つ巨匠が、毎日初めてそこに立つ者のように怯えていた。
そう、これが「創作の真実」だ。
AI時代において、誰もが手軽に制作を試みる。だからこそ制作を超えた創作は、天才的なアイデアの産物ではなく、苦しみを潜り抜けた人間が作り出した、孤高の産物でなければならない。頭の中の完璧な絵と指先の現実との間の乖離に毎日向き合いながら、その隙間を少しずつ埋めていく地道な作業。そのプロセスで流れた数多くの失敗と懐疑と自己不信——それらすべてが作品の中に滲み込む。観客がある場面でなんとなく胸を打たれる理由は、その場面を作った誰かの苦しみが、見えない言語で伝わってくるからだ。
AI創作時代、間違った問い
AIの進化は目覚ましい。今やAIは人間より速く、精密にコードを書き、アートを生成し、音楽を作り、ストーリーを書く。ゲーム開発者のコミュニティには毎日新たな恐怖が芽生える。
「AIに仕事を奪われないだろうか」「AIよりうまく作れるだろうか」「どこまでAIを使えば遅れを取らないだろうか」
これらの問いはすべて同じ前提を共有している。AIとの競争に勝たなければならない、という前提だ。
しかしその前提そのものが、間違っている。
宮崎がCGI全盛の時代に手描きアニメーションにこだわったのは、CGIに勝てると思ったからではなかった。速度、効率、コスト——あらゆる面でデジタルはすでにアナログを超えており、彼はそれをとっくに知っていた。それでも鉛筆を握り続けた理由はただひとつ。彼が作ろうとしていたものは、効率では作り出せない価値を宿した、創作者の産物だったからだ。
誰にも読めない歩法
武侠小説には「歩法(ほほう)」という概念がある。単に足の速さではなく、敵には到底読めない動きの様式そのものを指す。強敵に勝つ方法は、より強くなることではなく、相手がまったく予測できない歩法を見せることだ。
AIはすでに人類が作り出してきたすべてのものを学習している。何百万ものゲーム、無数のアートスタイル、検証済みのゲームデザインのパターン。AIはすでに存在するものの、最も精巧な合成者だ。しかしそれがAIの力であり、同時にAIの限界でもある。
AIは感性を模倣できるが、感情を宿すことができない。物語の構造を組み立てられるが、欲望と苦しみを込めることができない。
初めてプレイしたゲームで感じたあの感覚、初恋の相手と交わした手書きの手紙、祖母の手から漂っていたほのかで懐かしい匂い、長い旅から戻ったあとで故郷と家が与えてくれる温もり、あるいは雨降るバス停で偶然出会った気になる人への高鳴り——そのすべてが絡まり合って築き上げられた、自分だけの世界観。AIはけっしてその物語と感性と欲望を持つことができない。人間性、感性、そして欲望があってこそ、その欲望が生む苦しみがあり、その苦しみが生む作品がある。
これが私たちが手放してはならない、制作の歩法だ。
インディーたちよ、いかに生くべきか
宮崎はこう語った。「この映画は自分のための映画だ」と。自分の罪と欠如、息子に対してまともな父親になれなかった記憶、戦争の記憶、そして生き残った者としての罪責感——それらをすべて込めようとした、と。
ドキュメンタリーの最後、宮崎は7年間をかけた作品の完成を目にしてこう言った。
「まだわからないんです。うまくできたのかどうか」
82歳の巨匠。しかし老いた一人の人間が、初めて最も個人的な物語を語る。生の最後の作品になるかもしれないとわかりながら、それでも黙々と毎日毎日、砕けたガラスの階段を踏みしめながら上り続ける苦しみの過程を静かに見届けたあと——
その問いを今、私は自分自身に、そしてこの文章を読んでいるあなたに投げかける。
では私たち(インディー)は、いかに生くべきか。そして今日という一日を、あなたはどうやって生きているか。
著:チョン・ムシク教授(加川大学校 ゲーム映像学科・工学博士 / インディゲームドットコム創設者)
チョン・ムシク(Jung Musik)教授は、1994年にTrigger Softの創業メンバーとして出発し、NCsoftディレクター、ナスダック上場企業Gravityの社外取締役、Lunosoftの副社長を歴任した韓国第1世代のゲーム開発者。2003年に韓国初のインディーゲームコンペティションを企画・開催して以来、国内インディーゲームの育成に長年関与してきた。現在は文化体育観光部ゲーム物管理委員会委員・理事、城南市第4次産業特別委コンテンツ/デジタル/空間分科長などを務め、韓国ゲーム産業の発展に取り組んでいる。