「ボタンの意味がわからない」という絶望が、愛の深さを物語る。審査員が涙した1時間の物語が、ゲームの芸術的可能性を証明した。
2026年 3月 8日 | インディーゲームドットコム 編集部
アジア最大級のインディーゲームアワード「Taipei Game Show 2026 Indie Game Award(IGA)」において、日本の TearyHand Studio が手掛ける**『and Roger』が、最高栄誉である大賞(Grand Prix)と最優秀オーディオ賞(Best Audio)**の2冠を達成した。51ヶ国、515作品の頂点に立った本作は、認知症患者の視点から描かれる切なくも温かいナラティブ・アドベンチャーだ。
■ 1. 「ボタンに名前がない」ーー 認知症をプレイする革新性
本作は、認知症を患う女性・ソフィアの視点で進行する約1時間のポイント&クリック型ビジュアルノベルだ。講談社ゲームクリエイターズラボがパブリッシングを務めている。
- 混沌のシミュレーション: 朝起きて顔を洗い、歯を磨く。そんな当たり前の行動が、本作では「ラベルのないボタン」として提示される。どのボタンがどの行動に対応しているのか、プレイヤーはソフィアと共に戸惑い、失敗を繰り返すことになる。
- もどかしさの共有: この「思うように動かせない」もどかしさこそが、認知症患者が日常的に感じている混乱と恐怖をプレイヤーに直接伝達する。説明文ではなく、**「ゲームプレイそのものが物語を語る」**手法が、審査員たちに衝撃を与えた。
- 物語の核心: 目の前にいる「見知らぬ男」が、実は自分を支え続けてきた夫・ロジャーだったと気づく瞬間ーー。ゲームは聖書の「愛こそが最高である」という一節を引用し、記憶を失ってもなお消えない愛の本質を問いかける。
■ 2. 1人開発者 Yona氏の執念と「Florence」への敬意
開発を手掛けるのは、日本人クリエイターの **Yona(ヨナ)**氏だ。 Yona氏は「単なるビジュアルノベル以上のものを作りたかった」と語る。
- ミニマリズムの美学: Adobe Illustratorで描かれたシンプルで可愛らしいビジュアルは、物語の重さと対照的に、プレイヤーの心にスッと入り込む。
- 音の演出: 最優秀オーディオ賞を受賞した通り、本作のサウンドデザインは秀逸だ。心地よい音楽が突如として不快な騒音へと変わり、ソフィアの精神的な混乱を耳からも体験させる。
- 影響を受けた作品: Yona氏は、ゲームを通じたストーリーテリングの極致として名作『Florence』を挙げており、本作でもその「触覚的な親密さ」が色濃く反映されている。
■ 3. 受賞歴とメディア評価
本作は発売以来、世界中の主要なアワードでその名を轟かせています。
| アワード / メディア | 受賞・評価内容 |
| Taipei Game Show 2026 | 大賞 (Grand Prix) / 最優秀オーディオ賞 |
| Tokyo Game Show 2025 SOWN | 観客賞大賞 / 最優秀アート賞 / 最優秀プレゼン賞 |
| 英国 BAFTA | Game Beyond Entertainment 部門ノミネート |
| Kotaku | 「60分の体験がどれほど特別か、言葉では言い尽くせない」 |
| Game Informer | 「ビデオゲームのストーリーテリングの強さを示す強力な事例」 |
■ 4. 専門家の視点:インディーゲームが持つ「選択と集中」の勝利
嘉泉大学のチョン・ムシク教授は、本作を「1人開発者が目指すべき最も明確な模範事例」と評しています。
「1人開発はリソースが限られているからこそ、本作のように『選択と集中』が必要です。認知症という重いテーマを、あえて説明を省いたゲームプレイで表現した独創的なアプローチは、メジャータイトルをも凌駕する没入感を生み出しました。 教授はまた、1人開発を『飲食店のメニュー』に例え、**『コース料理(大作)を目指すのではなく、行列のできる”激辛ラーメン”や”焼き芋”のような、一点突破の特化型レシピで勝負すべきだ』**と助言しています。」




