世界市場を席巻し、年間売上20兆ウォン(約2.2兆円)を超える巨大産業へと成長した韓国ゲーム。しかし、その華やかな成功の裏で、多くの中小開発者が広告の波に飲み込まれ、ダウンロード数すら確保できない厳しい現実に直面しています。
こうした危機の時代において、韓国ゲーム界の未来を照らす「灯火」ともいえるインディーゲーム。その高潔な価値と歴史の根源を辿ります。
■ 1990年代:インディーという言葉すらなかった「アマチュア」時代
韓国におけるインディーゲームの歴史は、1990年代のPCゲーム全盛期に遡ります。当時の中心メディアであった**ゼウメディア(JeaWoo Media)**は、1999年から「アマチュアゲーム制作およびシナリオ公募展(AGC)」を開催しました。
当時は「インディー」という言葉自体が存在せず、「アマチュアゲーム」と呼ばれていました。これが、韓国におけるインディーゲーム公募展の事実上の出発点です。



■ 先駆者たちの想い:1世代開発者が繋いだバトン
第6回AGC公募展などで審査員を務めた、元トリガーソフト開発チーム長であり現在は嘉泉(カチョン)大学教授のチョン・ムシク氏は、当時の雰囲気を次のように語ります。
「インディー開発者を発掘・支援しようとする業界の努力は、産業基盤が整う前の90年代初頭から、ゼウメディアと共に脈々と続いてきたものです」
当時、韓国ゲーム業界を牽引した「マゴヤ」「ミリネソフト」「ソンノリ」といった第1世代の開発会社も、元を辿れば**「ゲームが好きだ」という純粋な情熱だけで開発を始めたインディー**でした。彼らが成功した後、再び次世代のために種をまくのは、ある意味で必然だったのかもしれません。

■ 現代:体系化された支援エコシステムへ
2003年、韓国ゲーム開発者協会(KGDA)が「第1回 Korea Indie Game Contest」を開催。その後、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)の事業と統合され、現在の**グローバル・インディーゲーム制作競進大会(GIGDC)**へと進化しました。今では毎年300作品以上が出品される、最大規模の登竜門となっています。
さらに、2015年からは釜山(プサン)を拠点とするBIC Festivalがスタート。韓国国内だけでなく、世界の開発者と交流するグローバルな祭典として定着しました。
■ 多様化するK-インディー支援の場
現在、韓国では官民を問わず多様な支援プログラムが運営されています。
- 城南(ソンナム)インティークラフト: 首都圏の新たな祝祭。
- バーニングビーバー: スマイルゲートによる、開発者にスポットを当てたハイブリッドイベント。
- 방구석(バングソク=お部屋)インティーゲームショー (BICS): ネオウィズらが支援するオンライン展示会。
- Out Of Index (OOI): 市場性よりも「実験性」を重視したユニークなフェスティバル。


■ 結びに:インディーは韓国ゲーム産業の「魂」
誰にも見向きされなかった時代から、黙々とインディーを支え続けてきた無数の「助力者」たちがいたからこそ、今日のK-インディーの基盤が築かれました。
その努力は今、実を結んでいます。『猫とスープ』『Skul: The Hero Slayer』『SANABI』『Little Witch in the Woods』といった誇らしい作品たちが、世界中で称賛を浴びています。
インディーは単なるジャンルではなく、韓国ゲーム産業の根幹を支える力です。この歴史が繋がっていく限り、K-インディーの新たな伝説はこれからも続いていくことでしょう。